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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8815号 判決 1962年7月25日

判   決

原告

リズムフレンド販売株式会社

右代表者代表取締役

横溝博

右訴訟代理人弁護士

田之上虎雄

被告

奥村文治

右当事者間の昭和三六年(ワ)第八、八一五号謝罪広告請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告は、産業経済新聞の近畿、中国及び四国の各地方において発行される地方版並びにミシン情報(東京都千代田区神保町一五四番地ミシン情報社発行)に各一回ずつ、五号活字で、別紙(一)記載の広告をせよ。

原告のその余の請求は、棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一は原告の負担とし、その余は被告の負担する。

事実

(請求の趣旨)

原告訴訟代理人は、「被告は、産業経済新聞の全国版及びミシン情報(発行者主文第一項記載のとおり)に各一回ずつ、五号活字で、別紙(二)記載の広告をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

(請求の原因)

一  原告は、資本金一億五千万円、ミシン及び編物機械器具等の製造販売を目的とし、本店のほか、全国に多数の出張所、代理店及び特約店を有し、従業員約二百名を擁している株式会社である。

二  原告は、かねてから、山田亀吉、山田信子、山田努及びプリンス自動車工業株式会社等の有する実用新案権(実用新案登録第四一六二九九号)ほか、多数の実用新案権及び特許権につき、許諾による実施による実施権を得、これに基き、適法かつ正当に、「リズムフレンド号」と称する手編機を製造販売してきた。

三  しかるに、被告は、故意をもつて、次のように、原告の名誉信用を傷つけた。

すなわち、

(一)  昭和三十五年四月頃から、原告の前記手編機は、被告の有する特許権(特許登録第二〇九一一七号)を侵害するものであるとして、再三再四、文書または口頭をもつて、原告及び特約店等にその旨を申し入れた。

(二)  昭和三十六年二月九日午後、原告会社を訪れ、原告会社責任者に面会を強要したほか、社員馬場雅範と長時間面談し、「自分は山田綱吉一族との上告事件に勝訴し、原告会社の違法行為は確定した。云々」等と大声でどなつた。

(三)  同年三月五日付警告書と題する内容証明郵便をもつて、原告及びその特約店溝淵秀夫に対し、「山田一族と被告間の前掲実用新案権に関する訴訟の上告事件(最高裁判所昭和三五年(オ)第五〇一号)は、被告の勝訴となり、したがつてリズムフレンド号の販売は、被告の前記特許権の侵害であるから、その停止及びこれに対する処置の報告を要求する。回答なきときは告訴する。」旨通告した。

(四)  同年四月五日付をもつて「特許権侵害問題についての要望書」と題する印刷物を中田商事ほか多数の特約店、手編機取扱業者に送つた。その内容は、「前記の上告事件が、同年二月九日、最高裁判所で被告の勝訴となり、リズムフレンド号が被告の特許権の侵害であることが確定したので、今後、その販売及び宣伝を中止されたい。これに違反すると、五年以下の懲役または五十万円以下の罰金等の刑事上の処罪及び損害の賠償を請求される」旨の警告であつた。

四  しかし、このような被告の特許権侵害の事実もなければ、最高裁判所の裁判によりこれが確定した事実もなく、被告は、全く虚偽の風説を流布したものである。被告が最高裁判所で勝訴したと称する同裁判所昭和三五年(オ)第五〇一号事件の経緯は、次のようなものである。すなわち山田キクを審判請求人、被告を審判被請求人とする第二〇九一一七号特許の権利範囲確認の審判事件(昭和三〇年審判第二三六号)において、前記実用新案権の実施機であるリズムフレンド号は、被告の前記特許権と抵触しない旨の審決があり、被告が申し立た抗告審判も却下され、被告は、さらに東京高等裁判所に不服の訴を提起したところ、同裁判所は、原告と被告との間に前記実用新案権及び特許権に関する和解が成立している以上、原告の下部機関である編物友の会(主宰者前記山田キク)も、特別の事情のない限り、これに拘束されるべきである、として、抗告審判の審決を破棄して事件を特許庁に差し戻す旨の判決をしたので、山田キクは、この判決に不服であるとして上告したが、その後、昭和三十六年二月九日、原、被告の前記和解を認め、上告を取り下げ、これに伴い、東京高等裁判所がした前記判決は確定したのであるが、この判決は、前記実用新案権またはリズムフレンド号が被告の特許権を侵害したかどうかの判断はしていないし、この判決により事件の差戻しを受けた特許庁において、前記原被告間の和解の成立並びにその効力が山田キクに及ぶものと認めれば、第一審の審決を破棄し、山田キクの申立を却下するのみであり、いずれにしても抗告審において、リズムフレンド号が被告の前記特許権を侵害しているかどうかの判断をすることはありえない筈である。このことは、みずからの多数の特許事件に関与している被告としても、十分よく知つていた筈であり、原告もまた、よくこれを被告に説明したのであつたが、被告は、ことさらに、前記のような虚偽の風説を流布したものである。

五  原告は、被告の前掲の行為により、その信用を傷つけられ、大きい損害を蒙つた。現に、このため、特約店から抗議や善処方の要求が原告会社に殺到し、原告会社が、その保証をしない限り、リズムフレンド号の販売を続けることはできない、との申出さえ受けており、この風説は、広く業界に伝わりつつある状態である。

よつて、原告は、被告の前記の激越な言動によつて蒙つた信用を傷つけられたことによる損害の賠償に代えて、その信用の回復のため措置として、請求の趣旨第一項掲記の謝罪広告を命ずべきことを請求する。

(被告の申立)

被告は、「原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

(答弁)

原告主張の事実中、前記一の事実は知らない、二の事実は、そのうち、原告が正当かつ適法に実施していることは否認するが、その他は認める、三の(一)の事実は認める、同じく(二)の事実のうち、面会を強要したこと及び大声でどなつたことは否認するが、その他は認める。同じく(三)及び(四)の事実は認める、四の事実のうち、審判及び裁判の経過に関する事実は認めるが、その他の事実及び五の事実は否認する。原告は、最高裁判所で確定した東京高等裁判所の判決を故意に曲解するものである。この判決は、原告の主張するような「差戻し」判決では絶対ない。また特許庁は、昭和三十六年六月十二日、抗告者の審決において、「実用新案登録第四一六二九九号の実施権であるイ号図面の機械は、被告所有の特許登録第二〇九一一七号に抵触しない。」旨の原審決を破棄した。

(証拠関係)(省略)

理由

(最高裁判所昭和三五年(オ)第五〇一号事件の経過)

一  山田キクを審判請求人、被告を審判被請求人とする第二〇九一一七号特許の権利範囲確認審判事件について、原告主張の実用新案権の実施機であるリズムフレンド号は、被告の右特許権に抵触しない旨の審決があつたこと、これに対し被告は抗告審判を請求したが却下されたこと、被告は、これに対する不服の訴を東京高等裁判所に提起したところ、同裁判所は、原告主張のような理由で、抗告審判の審決を取り消す旨の判決をしたこと及び山田キクは一たんこの判決に対する上告をしたが、昭和三十六年二月九日、これを取り下げ、前記東京高等裁判所の判決が確定したことは、当事者間に争いがない。

(特約店等に対する被告の通告等)

二  被告が昭和三十五年四月頃から再三にわたり、原告の特約店に対し、原告の前記手編機は、被告の有する前記特許権を侵害するものである旨申し入れたほか、(二)昭和三十六年三月五日付警告書と題する内容証明郵便をもつて、原告の特約店溝淵秀夫に対し、「山田一族と被告間の前記実用新案権に関する訴訟の上告事件は被告の勝訴となり、したがつて、リズムフレンド号の販売は、被告の特許権の侵害であることが確定したから、その販売の停止等を要求する。」旨通告し、(三)同年四月五日付「特許権侵害問題についての要望書」と題する書面をもつて、中田商事ほか多数の特約店、手編機取扱業者に、前同趣旨の通告ないしは警告をしたことは、当事者間に争いがない。

(原告の名誉・信用の傷損)

三  原告は、ミシン、編機の製造販売を事業目的とする資本金一億五千万円、従業員約百十名の株式会社であり、全国各地にわたり多数の代理店、特約店を擁し、全国的販売網を有するものであることは、(証拠)により明らかなところ、被告が原告の特約店等に対して送つた前項掲記の通告または警告は、その内容において、その受領者に、事実はそうでないにかかわらず、あたかも、原告による被告の特許権侵害が、最高裁判所の裁判により確定したかのような印象を与えるものであることは、前二項掲記の各事実を比照することによつて明白なところというべく、これらの通告ないしは警告は、被告が昭和三十五年四月頃から再三にわたつて代理店にした原告のリズムフレンド号による特許権侵害の申入れとともに、これによつて、原告が、相当程度、その名誉ないしは信用を傷つけられたであろうことは、社会通念からみて、容易に推移しうるところであるが、さらに、このことは、(証拠)により、十分、これを肯認しうべく、この認定を左右するに足る証拠はない。

なお、原告は、被告が、原告に対し、リズムフレンド号が被告の前記特許権を侵害するものである旨申し入れたこと及び前掲請求の原因の項二の(二)記載のような原告会社における被告の言動をもつて、原告の名誉ないしは信用を傷つけるものである旨主張するが、被告が、原告主張のように、面会を強要したとか、大声でどなつたという事実は、証拠上で、全く認めることはできないばかりでなく、このような事実をもつて、直ちに原告の名誉、信用を傷つけるものとみることが甚だしく当をえないものであることは、あえて多くの説明を要しないところであろう。

しかして、前掲各証拠及び被告本人の供述を総合すれば、前記「特許権侵害問題についての要望書」と題する書面は、四国、近畿、中国の各地方の原告特約店等に対し合計約百枚送付され、被告の通告等に接したこれら地区の代理店等は、事情をつまびらかにしえないことなども加つて、多大の衝撃を受け、中には再三にわたり、強く原告の善処を要求するものもあり、ために原告としては、一再ならず、口頭または書面で、これら地区の特約店等に対し、弁陳に努めることを余儀なくされた事実が肯認されるから、原告は、被告の前記行為によりこれらの地区の代理店等の関係において、その名誉ないしは信用を傷つけられたものと認めるを相当とすべく、これらの地区を超え、全国にわたり原告の信用等が直接的に傷つけられたことを認むべき証拠はない。

(被告の故意過失)

四 特約店に対する前記のような申入れ、通告等により、その製造販売元である原告の信用等が傷つけられたであろうことは、通例、何人も、たやすく推認しうるところであると認められるから、特段の事情を認むべき資料のない本件においては、被告は、故意、または、少くとも、過失により、原告の名誉ないしは信用を傷つけたものと認めざるをえない。

(むすび)

五  以上説示のとおりであるから、被告の前記各行為により傷つけられた原告の名誉ないしは信用を回復するため必要な措置としては、主文第一項掲記の広告を命ずるをもつて十分とすべく、したがつて、原告の本訴請求は、この範囲においては正当として認容すべきであるが、その余は理由がないものとして、棄却するほかはない。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 楠  賢 二

裁判官 竹 田 国 雄

別紙(一)  広  告

私は、編物友の会(山田キク)と私間の訴訟事件につき、昭和三十六年二月九日最高裁判所(同裁判所昭和三十五年(オ)第五〇一号事件)において私が勝訴したため、リズムフレンド号手編機の販売、宣伝、使用が私の特許権の侵害行為であることが確定したかのような書面を業界の一部に配布したりしましたが、右事件の裁判においてそのように確定した事実はありません。私のこのような言動より貴社に多大の迷惑をかけたことを陳謝いたします。

昭和 年 月 日

岡山市難波町七四ノ三

奥 村 文 治

リズムフレンド販売株式会社殿

別紙(二)  広  告

私は、編物友の会(山田キク)と私間の訴訟事件につき、昭和三十六年二月九日最高裁判所(同裁判所昭和三十五年(オ)第五〇一号事件)において私が勝訴したためリズムフレンド号手編機の販売、宣伝、使用が私所有の特許権の侵害行為であることが確定したかの如き書面を業界に配布し、その他同様の趣旨の言動をしたことにつき右事件の裁判においては左様な事実のないことを謹告し、亦リズムフレンド販売株式会社に多大の迷惑を掛けたことを謝罪致します。

昭和 年 月 日

岡山市難波町七四ノ三

奥 村 文 治

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